琉球弧の歌謡を読む

沖縄、宮古、八重山の歌謡・古謡を現代語訳します

《イキヌプージトゥユミヤーのアーグ》(池間島)_4

船に変身した美女の物語

池間島の大酋長の末娘であったマッサビは、絶世の美女として成長するが、貴族や領主たちの求婚を撥ねつけてしまう。すると、石垣島の於茂登岳の神が身分の低い若者に変身してマッサビに求婚する。

若者が神の変身した姿だと見破れないマッサビは、若者の求婚を撥ねつけてしまう。若者は正体を現わし、マッサビを竜巻で於茂登岳の山中に連れさってしまう。

神の妻になれないマッサビは、神の許しを得て、於茂登岳から下山する。

しかし下山の道は、山を轟かせる急流で遮られている。

その急流のかたわらでマッサビは死んでしまう。そしてマッサビの死体からは大木が生えてくる。

マッサビは神へ捧げられた者だ。神の妻となることでマッサビは神と等しい者となる。しかし神の妻とならないならば、マッサビは神に捧げられたモノにとどまってしまう。

マッサビが大木に変身する理由がここに隠されている。

船を建造する大木は、神(=神の妻)の化身であってはならず、神の愛する素材で建造されねばならなかった。海原という異界を走る船は、海原という神の領域に半ば属しつつ、半ば物質として人間界に存在するものだった。神の領域と人間界をブリッジするためには、半ば神であり、半ば人間界に所属するという両義性が必要とされた。この両義性を具現するために、マッサビは死ななければならなかったのである。

マッサビが死んで大木に変身し、その大木で船が建造される。船は神の愛するものとして、地上(人間界)に出現することになるのである。

この歌からすると、八重山は船大工たちの多い地域だったようだ。大和の国伝来の大斧をもった船大工たちが、その大木を伝馬船(木造の小型和船)に仕立てあげる。

伝馬船はマッサビの変身した姿だ。民俗学によると、船の守護神である船霊(ふなだま)は全国的に女性神であると観念されているようだ。

船霊(ふなだま) 船の守護神として、ほぼ全国的に船乗りや漁師たちに信仰されている神霊をいい、「船玉」の字をあてることもある。……各地で船霊様は女性神と観念されており、女が1人で船に乗ることを忌む所は多い。(野口武徳「船霊」『日本大百科全書』)

船が神に守られるためには、神の愛する絶世の美女が、船に変身しなければならなかったのだ。

《イキヌプージトゥユミヤーのアーグ》は、船を美女のようだと褒め称えて終る。


《イキヌプージトゥユミヤーのアーグ》の出典は、外間守善・新里幸昭編『南島歌謡大成 3宮古篇』(1977年、角川書店)。カタカナで表記された中舌母音の「イ」は「ぅ」、「ジ」は「ずぃ」などのようにひらがなで表記した。

一段目は出典からの引用で、二段目は私訳(具志堅 要)である。


《イキヌプージトゥユミヤーのアーグ》(池間島)_4

かたみーからや きーゆうい かたみーから すぃっさにゃーうい
〔マッサビの〕片目からは木が生い茂り、片目からは白い根が生い茂った。

ななうとじゅ まりゅすぃどぅ たすぃきーふぃー すぃとぅーにゃーん
〔マッサビは〕七人〔姉妹〕の末っ子として生まれたが、助けてくれる人はいない。

いつぃうとじゃ ありゅすぃが ゆるきふぃーすぃとぅー にゃーん
五人〔姉妹〕の末の子だったが、〔この受難から〕逃れさせてくれる人はいない。

ばが やーまぬすぃまやーや なみじゃやふずぃまりば
〔船大工たちは歌う〕わが八重山の島は、並みいる大工たちの島だから、

みどぅんまとぅん ゆしじゃやふずぃま やりば
女でさえも、寄り集まる大工の島だから

やまとぅから くだたぅ うふぶーぬーや まかなし
大和〔の国〕伝来の、大斧を打ちふるい、

いつぃつぃんな いらまーん てぃんまがみ はぎゆらし
五枚の大板を〔剥ぎ合わせて〕ほんとうに、伝馬船を建造した。

てぃびから みーてぃが いらまーん まっさびが しるてぃびよー
〔建造した船を〕船尾から見ると、ほんとにまあ、マッサビの白いお尻〔のよう〕だ。

まいから みーてぃがーよー うとぅがふぁーぬ しらうむてぃよー
前から見ると、末の子の白い顔〔のよう〕だ。

うふとぅん いでぃ ひゃらしば とぅなかいでぃ ひゃらしば
大海原に船出して〔船を〕走らせると、〔珊瑚礁の〕外海に船出して走らせると、

まっさびが いらまーん くぱずぃーからー あいきゅーいにゃん
〔大海原を疾走する姿は、〕マッサビが、ほんとうにまあ、大地を踏みしめるようだ。

 

(完)