琉球弧の歌謡を読む

沖縄、宮古、八重山の歌謡・古謡を現代語訳します

《イキヌプージトゥユミヤーのアーグ》(池間島)_3

船に変身した美女の物語

石垣島・於茂登(おもと)岳の神は、池間島から誘拐してきたマッサビを、於茂登岳に山籠りさせた。

山籠りの期間は3ヵ月にもわたった。

マッサビは飢え衰弱したが、飢え衰弱していることを於茂登岳の神に伝えることはできなかった。神に見込まれたマッサビは、山籠りする神女と同じ位相をもつ。

山籠りする神女にとって、飢え衰弱を経験することは、神の妻となるためのプロセスの一つだった。だからマッサビは、飢え衰弱していると言えなかった。神女としての資質を否定することになるからだ。

その代わりにマッサビは、山中で生活することはできないと神に伝え、下山を願い出るのである。

しかし、竜巻という神の力で登らされた高峰から下山することは、至難の技だった。

神は、勇者(男・武士)のような度胸を持っているかとマッサビに問う。神の住まう高峰は、人間の勇者のみが登れる山であり、勇者のみが下山することができたのだ。

マッサビは勇者の魂をもって下山する。しかし道の途中に山を轟かせる急流があり、マッサビはその急流を越えることができない。飛沫をあげる水のかたわらで、マッサビは倒れ、死んでしまう。


《イキヌプージトゥユミヤーのアーグ》の出典は、外間守善・新里幸昭編『南島歌謡大成 3宮古篇』(1977年、角川書店)。カタカナで表記された中舌母音の「イ」は「ぅ」、「ジ」は「ずぃ」などのようにひらがなで表記した。

一段目は出典からの引用で、二段目は私訳(具志堅 要)である。


《イキヌプージトゥユミヤーのアーグ》(池間島)_3

つぃつぃみつぃつぃ くみりば くくぬすか くみりば
〔於茂登岳の神が〕月三月(三ヵ月)も〔マッサビを於茂登岳に〕籠らせた。九十日も籠らせた。

まっさびや いらまーん やーっさむぬ やりうとぅい
マッサビはほんとうに、飢えてしまって、

うとぅがふぁ どぅつぃまーん くゆさむぬ やりゅとぅい
末の子はどうしようもなく、弱ってしまって、

やーっさてぃや あぅかに くゆさてぃーや ゆんかに
ひもじいとは言えなくて、弱っていると伝えられずに、

やまやいば うらいん うふぬーんやりゃ たちゃいん
〔於茂登岳の神に〕「山だから居ることができない、大草原だから暮らすことができない、

んぬ ゆらひふぃーさまてぃ んな ちゃーなぎふぃーさまてぃ
もう許してください、もう解放してください」〔と願った〕。

びくがずぃむ むちゅーてぃが さむらずぃむ むちゅーてぃが
〔すると於茂登岳の神は〕「男の〔ような〕心(度胸)を持っていたら、武士(さむらい)の心を持っていたなら、

んにゃ んぎる まっさび やーんかい はり うとぅがふぁー
もう帰っていいよマツサビ、家に走れ末の子よ」〔と言った〕。

ばや みどぅん みゃりまい びくがずぃむ むてぃーみーでぃ
〔マッサビが〕「わたしは女だけれど、男の心を持ってみよう、

ばや ぶなりゃやりゃーまい さむらいずぃむ むてぃーみーでぃ
わたしは姉妹だけれど、武士の心を持ってみよう」〔と言うと〕、

んにゃ びり まっさび んにゃ むどぅり うややんかい
〔於茂登岳の神は〕「それでは去れマッサビ、さあ戻れ親元へ」〔と言った〕。

んつぃなか いきばなんな ぱるなか たつぃばなんな
〔帰る〕道の途中に行くと、原野の中に立っていると、

やまからぬ みずぃぬどぅ やまならひ ひゃりゅーいば
山からの水が、山を轟かせて流れていたので、

さんからぬ みずぃぬどぅ さんならひ ひゃりゅーりば
山岳からの水が、山岳を轟かせて流れていたので、

びくがずぃむー むちゃいん さむらずぃむ むちゃいん
〔マッサビは勇気を失って〕男の心を持てない、武士の心を持つことはできない〔とその場で倒れてしまった〕。

やまがらぬ はたんどぅ とぅびみずぃぬ かたんどぅ
山の河原のかたわらで、飛沫(しぶき)を上げる水のかたわらで、

かたや かたすぃつぃにゃーし かたみーだま すぃつぃにゃーし
〔マッサビは〕片方の肩を下にして、片方の目玉を下にして〔死んでしまった〕。

 

(続く)