伊豆諸島や沖縄、宮古、八重山には守姉(もりあね)という子守りの形態があった。守姉というのは、賃労働としての子守りではなく、頼まれて他家の子守りをするというものであった。守姉をするのは、だいたい小学生くらいの女の子で、守りされる子どもは生後一カ月くらいから三歳くらいまでであった。
守子にとっての守姉は、「特別な人」あるいは「霊的な守護者」であり、その関係は生涯にわたって続くものであった。その関係性は、沖縄では兄弟姉妹同然とされ、宮古や八重山では兄弟姉妹以上に親密な関係性をもつものとされた。
守姉という子守りの形態は、「祖国復帰(1972年)」までは普通に見られるものであったが——現在でも多良間島などに残されているようであるが——、「祖国復帰」を境にして、社会の表面から急速に姿を消していった。(具志堅邦子「守姉という存在」沖縄国際大学大学院地域文化論叢第15号より)
《東里真中(あがいざとぅんなか)》は宮古各地で歌われる歌で、守姉の歌う子守り歌であった。八重山各地で歌われる《あがろーざ》も、同工異曲の歌だといえる。どの歌でも、蜜柑の木の下での子守りの情景が歌われているが、池間島の歌では、蜜柑の木の下での子守りが偶然によるものではなく、神話的内容を含むものであることを暗示する。
東の里というのが具体的な地名を意味しているのかは不明である。日の昇る方向くらいの意味でとらえてもよいのではないだろうか。八尋というのは、非常に長いこと、非常に広いことを意味する言葉だ。だから歌でうたわれる十尋の庭、八尋の庭というのはとても広い庭という意味になる。
蜜柑はシークヮーサー(橘)のことだとおもわれる。シークヮーサーは、まだ青くて酸味が強い時、芭蕉布をさらすのに用い、芭蕉布の色つやをよくするとされている。
大きな広場に植えられた蜜柑の木は、手入れによって、天に届くまでに成長する。そして蜜柑の木の下には、アサギ家(ヤー)が建てられる。アサギは、アシャゲ、メーヌヤー(前の屋)ともいわれ、離れ座敷の意味。アサギには神事に用いられる神アシャギもあり、神事を行なうアシビナー(遊び庭)に建てられる。この歌では、アサギの下に機織り機が据えられるのだから、アサギは通常の離れ座敷というよりも、高倉の構造をしていた可能性がある。
二十読み(ハタイン)というのは、絹糸のような極細上布のこと。これを織れる女性は少なく、二十読みの上布を織れることは、女性にとっての最高の名誉であったとされる。
これらのことを考えると、蜜柑の木の下で子守りするということは、二十読みの上布を織れるという女性にとっての最高の名誉を予祝されることにつながり、また神事を司る神女になるというライフステージも含まれているものとおもわれる。

子守する姉たち (1959年、波照間島) 「石垣市市史編集課編:八重山写真帖」より
歌の後半は家造りの話になる。
歌の中で、守姉の家が「倒れかけた家だから、傾きかけた家だから」というのは、守姉の家が中柱構造の掘立屋であったことを表している。鶴藤鹿忠『琉球地方の民家』(1972年、明玄書房)によると、「掘立屋は柱を2尺以上の深さ地中に埋めているので暴風のため家は傾いても倒れない」ということであった。
近代以前の民衆層の家屋は、一部富裕層を除いて、穴屋(アナヤー)と呼ばれる中柱構造の掘立屋であった。
穴屋(アナヤー) 沖縄において古代から按司時代(グスク時代)をへて戦前まで存続した掘っ立て小屋住居の呼称。……按司時代のころからは柱に礎石を用い、壁はチニブ(山原竹を網代のように編んだもの)を二重にし、なかに藁または茅を詰め、屋根はキチ(小丸太)で小屋組みをし、茅あるいは竹茅(篠竹)葺きにした。……王府時代の敷地家屋の制限令(1737)によって田舎百姓の住まいはおもにこの様式に限定され、昭和初期まで続いた。(又吉真三「穴屋(アナヤー)」『沖縄大百科事典』)
歌の中で、「二間の家〔の屋根〕を葺いてちょうだい、四間の家〔の屋根〕を葺いてちょうだい」というのは、支配階級や富裕層の家屋であった貫木屋(ヌチジヤー)と呼ばれる家を造ってちょうだいというお願いになる。
貫木屋(ヌチジヤー) 柱に貫孔(ぬきあな)をあけ、貫を通して楔(くさび)で締める構造の建物。この構造は、鎌倉時代に禅宗建築の導入とともに伝えられた、日本建築の古い形式であり、沖縄で木造建築といえばこの構造をさす。(鈴木雅夫「貫木屋(ヌチジヤー)」『沖縄大百科事典』)
穴屋では、家の間仕切りはカーテンなどで仕切るものだった。梁や桁を使う貫木屋の構造で、二間とか四間という間仕切りされた部屋ができるのである。
歌の中で、「戸を立てる、桁〔のある柱〕を立てる」とあるのは、貫木屋(ヌチジヤー)のことを指している。家が戸を立てる構造になるのは、貫木屋になってからのことだった。
《あがいざとぅ んなか》の出典は、外間守善・新里幸昭編『南島歌謡大成 3宮古篇』(1977年、角川書店)。カタカナで表記された中舌母音の「イ」は「ぅ」、「ジ」は「ずぃ」などのようにひらがなで表記した。
一段目の訳は出典訳で、二段目は私訳(具志堅 要)である。
あがいざとぅ んなか(池間島)
あがいざとぅんなかに
東の里の真ん中に、
よーい ほーい(囃子。以下略)
とのぐすぃくんなかに
トノグシク(東里の対句)の真中に、
よーちゅらよーさー またよいさー(囃子。以下略)
といろみゃーや あきとぅい やいるみゃーや あきとぅい
十尋の庭を開けて、八尋の庭を造成して、
といろみゃーぬ んなかん やいるみゃーぬ んなかん
十尋庭の真中に、八尋庭の真中に、
ふにらぎーや いびわーし かばしゃぎーや さしわーし
蜜柑の木を植えて、香ばしい木を差して、
いびからぬ みつぃつぃ さしからぬ ゆぬーりゃん
植えてから三月〔後に〕、差してからの一年〔後に〕、
いでぃまーり みりば とぅんまーり みりば
〔神女たちが〕巡回して見ると、立ち寄って見ると〔こう言った〕。
うぬふにりゃ うゆすぃや うぬかばしゃ うゆすぃや
「この蜜柑を植えたのは、この香ばしい木を植えたのは、
またたかり うゆりば ゆだたかり うゆりば
木の股が増えるから植えたのだ、枝が茂るから植えたのだ。
またや かき わーしわーし ゆだや ぶり わーしわーし
股を切ってワーシワーシ〔と伸ばすと〕、枝を折ってワーシーワシ〔と伸ばすと〕、
てぃんつぃきゃふ うゆりば ういつぃきゃふ うゆりば
天を突くまで伸びている。上(天上)を突くまで伸びている。」
ふにらぎーぬ すぃたーらん かばしゃぎぬ すぃたーらん
蜜柑の木の下に、香ばしい木の下に、
あさぎやーや ふきうとぅい すぃだすぃやーや ふきうとぅい
アサギ家(離れ座敷)〔の屋根〕を葺いて、涼しい家〔の屋根〕を葺いて、
あさぎやーぬ すぃたーら すぃだすぃやーぬ すぃたーら
アサギ家の下に、涼しい家の下に、
はたいんやーや たちうとぅい ぐまぬぬや たちうとぅい
二十(はた)読み〔の機織り機〕を仕立てて、〔目の〕細かい上布〔を織る機〕を仕立てて、
はたいんやーとぅ みじゅらい ぐまぬぬや みじゅらい
二十読みの機を眺めていたら、細上布の機を眺めていたら、
むらにたーな うぐなーり くがにたーな うぐなーり
守姉たちが集まってきて、黄金〔のような子ども〕たちが集まってきて〔言うことには〕、
うやぬふぁーぬ むらにや しゅーぬふぁーぬ むらにや
親(貴族)の子の守姉は、主(領主)の子の守姉は、
かたてぃしーや まいぬい かたてぃしーや たくぬてー
片手には米の握り飯、片手には蛸の手、
ぎすぃぬふぁーぬ むらにや んじゃぬふぁーぬ むらにや
下衆(平民)の子の守姉は、下男の子の守姉は、
かたてぃーしーや うふぎゃんさらぬい かたてぃしーや なまんすぃ
片手には黍の握り飯、片手には生味噌、
うやぬふぁーぬ なふてぃがーよ しゅーぬふぁーぬ なふてぃがー
親の子が泣くときには、主の子が泣くときには、
ふにば むりーんたばさ かばしゃ むりーんたばさ
蜜柑をもいでなだめよう、香ばしい実をもいでなだよう、
ぎすぃぬふぁーぬ なふてぃがー んじゃぬふぁーぬ なふてぃがー
下衆の子が泣くときには、下男の子が泣くときには、
あうじゃとぅい うどぅしば ますぃぎやとぅい うどぅしば
鞭を取って脅したら、棒を取って脅したら、
あてぃぬ かまらしゃんな どぅつぃぬ かまらしゃんな
あんまり悲しがっているので、とても悲しがっているので、
ふいやよーね ばんがうとぅ まいやよーね くがにうとぅ
泣かないでわたしの弟よ、泣かないで黄金の〔ような〕弟よ、
ばが むらば ばんがうとぅ あにぬ くがば くがにうとぅ
わたしが守(も)るからわたしの弟よ、姉が揺するから黄金の弟よ、
ういふにゃい とぅきゃんな たきふどぅ ういとぅきゃんな
大きくなったときには、背が高くなったときには、
うつぃなーいでぃ んまりる しゅゆい ぬーりゃ んまりる
沖縄に行くほどの人になりなさい、首里(宮廷)に上るほどの人になりなさい。
うつぃなーいでぃ ばんがうとぅ しゅゆい ぬーり くがにうとぅ
沖縄に行ったらわたしの弟よ、首里に上ったら黄金の弟よ、
からむむずぃ かいんみゃてぃ ぎたやすぃく かいんみゃてぃ
革草履を百十足買ってきてちょうだい、下駄を八十足買ってきてちょうだい。
からむむずぃ なかから ぎたやすぃく なかから
革草履百十足の中から、下駄八十足の中から、
ばぬんから いらばし あにんから いらばし
わたしから〔先に〕選ばせて〔ちょうだい〕、姉から〔先に〕選ばせて〔ちょうだい〕。
ばんがやーや ばんがうとぅ あにぬやーや くがにうとぅ
わたしの家はわたしの弟よ、姉の家は黄金の弟よ、
たうりやーどぅ やりゃまい ゆぶりやーどぅ やりゃまい
倒れかけた家だから、傾きかけた家だから、
にきんやーゆ ふきふぃーる すぃきんやーゆ ふきふぃーる
二間の家〔の屋根〕を葺いてちょうだい、四間の家〔の屋根〕を葺いてちょうだい。
うや ならば ばんがうとぅ しゅー ならば くがにうとぅ
親になるならわたしの弟よ、主になるなら黄金の弟よ、
ばがすぃまぬ うやなり あにすぃまぬ しゅーなり
わたしのシマを支配する親になってちょうだい、姉のシマの主になってちょうだい。
やどぅ とぅらば ばがうとぅ きた とぅらば くがにうとぅ
戸を立てるならわたしの弟よ、桁〔のある柱〕を立てるなら黄金の弟よ、
ばんがやーゆ やどぅとぅり あにぬやーゆ きたとぅり
わたしの家に戸を立ててちょうだい、姉の家に桁〔のある柱〕を立ててちょうだい。